真逆の3/5


suzumokuduo Music Exchange
   "aim into the sun" -solo flight-


昨年12月の下北沢440は何だかんだと行けなくて
行った友人からの感想を聞いただけで、何だかホッとしたけれど
やっぱり自分で直接感じて確かめたいという思いのまま年を越し
(年末の四谷天窓、行きたかったけど日程的に無理でしたわ)
リスタートしたsuzumokuを、この日やっと捉えることができた。


アコギとガットの二本と、マイクスタンド、イス、足置き・・・
バンドセットも可能な広さのステージの上にあると
弾き語りならではのシンプルさは、覚悟が伴ったような潔さを私は強く感じる。


登場し、居住まいを整えて、少し にやっ とすると 弾きだしたのは《退屈な映画》
その後の《盲者の旅路》に不覚にも涙腺がゆるむ。
昨年のちょうどこの日に衝撃の知らせが届いてから渦巻いた心のざわざわ…
いや、本当は、その年の初め頃 (←※3/10訂正) その前の年の春頃に行った天窓でのライブで
suzumokuと少し話をさせてもらったときに引っかかった言葉が
ずーっと心に居座って波立たせていたのが、その日のことで渦に変わったのだけど。
昨年秋のpe’zmoku復活&休止ライブでも
ステージに立って歌う歓びが表れているような彼の姿をみて、動揺から開放され凪いではいたが
消し去れずにはいたそのざわざわを一つ残らず洗い流してもらえたようで。


アルペジオが絶え間なく降る雨音のようで幻想的な雰囲気の《夜明けの雨》
電車を擬人化し、労うような《ガタゴト》
ストリートで演奏していた頃は、こんな気持ちで歌っていたと思うと云っていた《ストリートミュージシャン
昔、彼女に教えてもらった雑貨屋(ヴィレッジ・ヴァンガードらしいよ)に
別れてから一人で行く様子を描いた女々しい曲です、なんて云っていた《ライトゲージ》 などなど
本編最後はアルバムタイトル曲の《素晴らしい世界》と、3/10発売のアルバム収録曲を全て演奏。


メインのアコースティックギターで弾き語った今までの曲たちや新曲はもちろん
《如月》と《ユーカリ》で持ち替えたガットギターの音色と寄り添うように柔らかく歌うのを聴きながら
もともとあった表現の幅に加えて、深さも出てきたなぁ と思うと同時に
さらに唯一無二の“suzumoku”を確立していくような気配を感じた。
シンガーソングライター自ら作れば、癖や声がよく鳴る部分などの個性を有効的に構築できるけど
自分以外の人が作った曲を歌うというのは、楽曲の理解からはじまり
自分の不得手とするところまで全てをクリアにする努力をしつつ、個性も生かすべきだから
難易度からすると高くなるし、新たな発見もある。
それを通ってきたから、まだまだあるポテンシャリティが表に出てきたのだと思う。
双方の一部ファンには賛否両論あったpe’zmokuは途中色々あったのもあり
特にsuzumokuファンにはPE'Zが悪者に映ったかもしれない。
ユニットをやる、やらないという選択肢があって
両者がそれぞれ自ら選んだことに変わりはないのだから、どちらが悪いとか良いとかはない。
何かあったら、その中で最善をとるようにはしていたはず。
ただ分かるのは、suzumokuとPE’Zの両方に成長を与えたということ。


アンコールで《週末》のあとに、もう一曲やろう!と演奏してくれた
未発表曲の《ホープ》(表記不明:または、HOPE かも)は
1月に札幌へレコーディングをしに行った期間に出来た曲なのだそう。
希望とタバコのHOPEとを掛けた歌詞だったから
あまり強いタバコ吸いすぎないようにしなよー と、心の中でお母さんしてしまった。



心が揺さぶられるようなことをわざわざ求めなくても
何気ない日常にそれらは散らばっている、ということを気づかせてくれながら
聴き手のなかに入ってきて感情と共鳴していく彼の音に、久しぶりに浸ることができた時間だった。